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2026/08/30

アメリカ追随は、今に始まったことではない。

  2024年9月放映のNHKスペシャル「封じられた第四の被爆」をようやく見た。

  1958年のアメリカによる核実験のせいで、海上保安庁の測量船「拓洋」と「さつま」の乗組員が被爆し、拓洋のチーフ機関士が1年後に白血病で亡くなった。その折、厚生省の役人から、「被爆線量は微量だったので、あまり騒ぎ立てないように」と、遺族に口止めがあったという。厚生省のいう微量は、何か事実に基づいた数字ではない。アメリカからの大雑把な情報を拝借したものに過ぎない。

 NHKの調査報道によって、別の乗組員の歯に残っていた線量がわかった。歯には70年前以上の線量が確かに残ったままだという。約140ミリシーベルト。この線量に専門家は一様に驚愕した。

 当時、日本は岸信介内閣。60年安保締結を最優先させて、この第四の被爆は闇に葬られた。

 1957年には、アメリカの要求により、被爆線量の許容量を出すようにという申し出に、日本の原子力専門家は、具体的な数字を提供した。その直後、1954年の第五福竜丸の被爆からストップしていた核実験が再開され、広島の600倍ともいわれる規模の核実験が太平洋のあちこちで行われ、1958年の拓洋、薩摩の被爆に至る。

 当時、日本の原子力専門家は、近い将来、原子力平和利用の時代に移行していくのだから、アメリカの言う通りにして、新しい時代に備えるべきだと述べている。

 政府一丸となって、アメリカの核開発に従うという、戦後一貫してアメリカ追随を続けてきた日本政府に今更ながら、強い怒りと失望を覚える。

 今の高市政権がトランプ一辺倒なのも、70年前の岸信介内閣と全く同質のものだ。

 主権国家とは名ばかりの、底の浅い日本の政治風土。

 闇に葬られた無辜の民の声を、今一度聞いてみよう。

 NHKスペシャルは、NHK Oneでも見ることができる。多くの人に是非見ていただきたい。調査報道の模範だと思う。

2026/08/23

強きを助け、弱きをくじく

  強い者にこびて、弱い者をいじめるという傾向が高市政権になってから、ますます顕著になってきた。

 本来なら、強きをくじき、弱きを助ける、これが政治の求める方向でしょうが。

 ICC(国際刑事裁判所)に対する、びっくりするようなトランプの言動にも、異議を申し立てるどころか、「残念です」と、おとなしく引き下がる日本政府の態度。

 21世紀になってますます深刻になってきた気候変動、気象災害に対しても、USAに何も言えず、何も言わず、エコサイドにより地球が悲鳴を上げていることにも目を向けず、防衛費増強を目論む、悪魔のような高市政権なのだ。

 こんな、国民無視の自民党+維新政権、絶望しています。どうしたらいいのだろう。

2026/07/29

何が骨太の方針だ?

  日本列島あちこちが活断層だらけでガタガタだというのに、高市政権の「骨太の方針」とは、一体何なのか、笑ってしまうしかない。笑うに笑えない、これはもうホラーだ。

 国会軽視もはなはだしく、三権分立の何たるかも理解できないまま、気味の悪い薄笑いばかり浮かべては、反省も一切しない高市という総理大臣の存在自体が、これはもう災難というほかない。

 熊本の天変地異には言葉を失うが、10年前の1回目の熊本地震の際、「外に出ている人は家に戻って下さい」と、余計なことを言った安倍首相のせいで、2日後の地震で多くの死傷者を出してしまったことをGamilaは忘れない。

 国土の強靭化は望むべくもないが、今以上の環境破壊をやめて、インフラ整備を最優先してもらいたい。

 

2026/07/25

ハンディ―ファン。

  片手にスマホ、もう一方の手にハンディーファン。通りでみかける、若い女性の最近の姿だが、扇子であおぐことすらやめて、何から何まで電力のお世話になるという徹底した電力依存症ぶりだ。

 酷暑の夏。エアコンは命を守る命綱になってしまった。それだけでも電力の需要は際限なく増加する。節電が叫ばれていた時代を知っているGamilaからすると、もう、どうしていいかわからなくなる。

 最近の再エネ反対の動きにも首をかしげる。環境破壊の観点から、太陽光のパネルもダメ、風力発電もダメという人々がいるが、では、安全神話の崩壊した原発を再稼働したり、もっと増やせというのか。そんなこと、末恐ろしくて考えたくもない。人々は、40年前のチェルノブイリや15年前の福島第一原発の事故を忘れてしまったのか。

 この暑さでGamilaも普段にも増して、頭が働かない。ただこれだけは言いたい。

 自分の顔くらい、自分であおげよ。

2026/07/10

なぜリニア・カーの敷設を中止しないのだろう。

  静岡県知事がリニア・カー工事を認めたそうだ。自然破壊以外の何物でもないのに、名古屋まで飛ばして、一体何を得るものがあるのだろうか。既存の新幹線で十分だろうに。

 不安定な日本列島の地下を掘っていくなんて、どうしたらそんな考えに至るのか、理解できない。そんなお金があるのなら、全国隈なく老朽化している下水道の修復に専念したらいいのに。

 神をも恐れぬ残酷な仕打ちに、なぜゴーサインを出したのか。当選前は川勝元知事の方針を受け継ぐという話だったと聞いている。

 JR東海のひたすら利権追求を続ける姿勢には、呆れかえる。人口減少が進む中、誰がリニア・カーを利用するのだろう。

 おかしいと思ったら、途中でやめられない日本。辺野古の工事、リニア・カーの工事、そして、戦前の無意味な侵略行為。撤退の大切さをいつになったら思い知るのだろうか。

2026/06/30

天皇制なんかやめてしまえばいいのに。

  憲法で天皇は国民の総意に基づいた象徴と定義されているが、果たして天皇という存在が必要なのかとGamilaは常々思っている。戦争責任について、昭和天皇は何の反省もなく亡くなった。彼が敗戦の年に退位していれば、すっきりしたのにと思う。なぜ天皇を象徴として残したのか、よく理解できない。

 明治維新以来、天皇制は国家神道と一体になって、戦前の国民に浸透していたらしいが、その歴史、たかだか160年にも満たない、近現代に作られた神話だ。

 民主主義の概念から見ても、天皇制の存在は人権侵害を及ぼすだけだ。皇族の存在も民主国家にふさわしくない。何を今更という感じがするのに、象徴天皇制に振り回されて、政治家もメディアもフラフラと、曖昧な態度に終始している感じだ。

 憲法九条で戦争放棄を謳う一方で、一章でかつて戦争の最高責任者だった天皇を象徴として残してしまったのは、納得できない。

 Gamilaは、憲法九条を守りたいので、憲法改正に反対の立場だが、象徴天皇制、これ、何とかならないものかと思うのだ。妙案があれば、誰か教えてほしい。

2026/06/19

傍若無人

  傍若無人(ぼうじゃくぶじん)。傍らに人無きが如し。傍に人がいるのに、いないかのように勝手な行動をする様子。

 先日、友人とパスタの店でランチをとった。二人席だったが、隣の二人席が来るまでは、それなりにおしゃべりを楽しみながら、食事していたのだが、隣に、女性二人が座ったとたん、彼女たちがかなりの声でしゃべったり、大笑いしたりが始まった。迷惑そうに思わず隣を何度か見てしまうほどの大音量。

 年齢差があるようだが、母娘ではないらしい。久しぶりに会ったのか、とにかくそのけたたましさと言ったら、驚きを越え、呆れるほどだった。友人と「これじゃあ、耐えられないわよね」と目で合図しながら、食後のコーヒーは、別の店に移ることにした。

 久しぶりに傍若無人という言葉を思い出した。普段、人と接することがないのだろうか、自分たちしか、その場にいないかのようにはしゃいでいる。彼女たちには、マナーとか、エチケットとか、そういう概念が存在しない。周囲の冷たい視線を感じ取る神経も持ち合わせていない。

 ウェイトレスにそれとなく伝えることも考えたが、とにかく一刻も早く店を出ることにした。注文はQRコードだけど、客としての一言をメールで伝えることができたら、よかったのかもしれないし、ウェイトレスに店内の雰囲気を観察して注意喚起してもらうのは、ちょっと無理かもねぇとも思った。

 

2026/06/11

「目線」と「視点」

   最近、「視点」と言うべきところを「目線」という人が増えている。聞くたびに、どうも嫌な感じがして、ここで取り上げる。

 「目線」というのは、元々、芝居用語で舞台や映画などで演技者の目の向いている方向・位置・角度のことなどを指す。ものの見方、捉え方で使う場合は、「上から目線」=相手が立場が下だととらえて見くだしたような態度をとること、といった場合に使われる。

 ところが、最近は「視点」という意味で、「目線」と言う輩が増えた。なぜ、「視点」と言えないのか。もしかしたら、自分の立場を曖昧にしたくて、「視点」という確固とした表現をとらず、「目線」という曖昧模糊とした表現になるのではないか、とGamilaは考える。

 テレビやラジオの出演者の言語能力の劣化が本当に深刻だ。常日頃、聞こえてくる言語はいつのまにか定着してしまう。Gamilaは、そういうことに抵抗しつつ、適切な日本語の使用に努めようと思うのである。


2026/06/03

デジタル・デトックス

  韓国旅行中は、スマホでメール確認、カカオトークで友人との連絡など、日々デジタルのおかげで過ごす日々だった。

 帰国してからは、毎日新聞、東京新聞の購読に加え、留守中取りおいてもらっていた2か月分の2紙の消化に追われ、スマホの出番は格段に下がった。

 さらに愛聴していたラジオ番組ー文化放送のラジオマガジン、TBSラジオのSessionーにも復帰したので、ああ、これが日常なのねと再認識しながら、デジタル・デトックスの快感に浸るのである。

 指でひょいひょいスクロールするスマホの世界で、世の中の真実に辿り着くことはほとんど不可能だ。新聞記事の気になる報道をじっくり読むことで得られる事実の蓄積は、何物にも代えがたい。

 新聞各紙の記者たちの努力の賜物といえる記事の一つ一つを家に居ながらにして読めるありがたさ。そして、この新聞を毎朝、毎夕、自宅まで届けてくれる新聞販売店の地道な活動に支えられていることを今更ながら思うだ。

 デジタル世界を利用するだけ利用して、国民に何の説明もしない、中身空っぽの現政権の胡散臭さもまた、再認識する今日この頃である。

2026/05/31

Lomo とG君

  2017年以来のソウル。羽田ー金浦は、成田ー仁川よりはるかに高くつくが、しかたない、成田は、釜山に行くときに利用するから、今回も羽田発。

 スマホにしてから、写真は専らスマホで撮るようになってしまったが、まだフィルムが残っていたので、Lomo-LCAも一緒に持って行った。4月4日、9年ぶりに写真家のG君とソウルで再会した。彼はLomo Shopのマネージャーをしていたこともある。余ったフィルムでG君も写してみようと思った。

 家人と3人で、G君にお昼をご馳走してもらった。9年ぶりの我々を見て、とても元気そうなので、本当によかったと、何度も言った。私たちも彼がほとんど変わることなく生き生きしているのを見て、うれしかった。考えてみれば、彼のご両親と我々がほぼ同世代なのだ。9年ぶりに息子に会ったようなものだ。こちらもうれしくて、はしゃいでしまった。

 Lomo-LCAを取り出して、G君を撮ろうとシャッターを押したら、G君が言うのだ。「電池がないみたいですよ。赤い光が出なかった」と。あれ、またもドジッた。電池が切れているのも知らないまま、過去に30枚近く撮影したと思い込んでいた。

 Lomoは当分、お預けだ。G君によれば、「もはや、韓国でフィルム写真を撮っている人は、ほとんどいませんよ、ましてや、Lomo Userはいなくなりました」。

 2002年にLomo-LCAを購入してから20数年。フィルム写真はデジタル写真に移行し、携帯のカメラも格段に性能がよくなった。今、フィルムは36枚撮りで数百円、1本現像すると1000円近くする。アナログで写真撮影を続けることは、かなりの出費になる。そして何より、スマホのカメラとアナログのカメラの性能の違いがあまりなくなった。

 Lomo-LCAのレンズは色彩に敏感に反応すると聞いた。その色彩感覚に魅せられて私はLomoを選んだ。しばらくはLomoを手放さずにその魅力を見極めてみようと思う。



2026/05/27

荷物の多さがGamilaを苦しめる

  リフォームも無事終わった。ナフサ不足に見舞われながら、塗料のためのシンナーも何とか確保できたと工事担当者からメールが来た時には、こんなところにもホルムズ海峡封鎖が影響したのかと、驚きを覚えたのが、4月中旬のことだった。

 5月中旬に引っ越しセンターに預けていた荷物も無事届き、壁紙、天井、床がすっかり新しくなって、見栄えは新築みたいな部屋に家具を設置し、耐震処置を施してもらい、やれやれ、あとは、100箱近い段ボールの整理に取り掛かればよいのだ。と、ここまでは何の問題もなかったように見えた。 

 問題は、段ボールの中身だった。番号を振って、中身をメモしていたので、毎日少しずつ、元の場所に収納しているのだが、家を出る前に、数多くのファイルをあたふたとそのまま詰め込んでしまったために、このファイルの整理に目下、苦闘している。それと、フィルム時代の膨大な写真。えいやっと捨てるわけにもいかず、ファイルと写真の処理は、今後の課題として先々までGamilaを悩ますだろう。

 そして、思いの外多かった衣類である。日に日に暑くなってきた昨今、冬の衣類を見るのもかったるいのに、まあ、その量の多いことと言ったらない。1年の半分以上が夏になって、季節も冬と夏の二つしかなくなった。春・秋物はもう必要ない時代になったのかもしれない。

 とにかく、自分のためにもミニマリストを目指して日々整理していくしかないと大反省した「リフォームその後」でした。

 あ、そうだ。先日から見始めた韓国ドラマ「レディの品格」の原題は、「워킹 맘 육아 대디」(ウァーキング・マム、育児ダディ)でした。Gamilaが知っている役者はほとんどいなくて、唯一見たことあるのは、이경진という女優さんだけだった。彼女、70歳ぐらいになっているらしいのだけど、昔見ていた頃とあまり変わっていなくて、びっくりしました。



2026/05/22

新しく見始めた韓国ドラマ

  以前、TVKで見ていた「狂った愛」を最後の部分をほとんど見られなかった。リフォーム工事、韓国旅行を無事終えて、部屋の片づけに翻弄されながら、TVKをつけると、4月から、同じ時間帯の韓国ドラマが始まっていた。

 2016年MBC制作「レディの品格」。10年前の作品だが、主婦の自己実現、夫の育休など、今どきの夫婦の課題満載のドラマ。登場人物のコミカルな演技に笑うことしばしば。当時、半年ぐらい続いたらしく、連続200回を超える長丁場。早朝の楽しみとして時々Gamila日記でも取り扱うことにした。

 出生率が1.0を下回り、日本より少子化に悩んでいる韓国の育児事情もわかって面白い。



2026/05/17

ラインとカカオトーク

  今年からスマホに切り替えて、ライン、カカオトークに登録した。ラインは、広告が多すぎる。ニュースなども、芸能ニュースが中心で、驚くほどくだらない情報を、あちこちから集めて配信していることに呆れるばかり。大いなる時間の無駄だし、スマホ依存者をますますアホにするのではないか。

 それに引き換え、カカオトークは、広告の類が一切ない。自分のページも整えやすいし、スマホで撮った写真も、好きなように使えて便利だ。

 韓国滞在の折には、カカオトークのおかげで連絡がスムーズに出来た。帰国後も韓国の友人たちとなんとなくつながっているような気がして、気分もいい。次回以降もカカオトークの恩恵に預かるだろう。

 ところで、ラインが広告料で運営されているのに対して、カカオトークの運営資金はどうなっているのだろう。どちらも韓国の企業だ。もう少し調べてわかったら、ここで報告する。

2026/05/12

マスメディアは何してる?

  帰国後、TVを見てると、京都の小学生殺人事件、部活遠征時のバス事故など、ほとんど毎日のように同じ内容を繰り返し報じている。当事者の責任能力について、ああでもない、こうでもないと、言っているだけで、もっと大切なニュースがあるだろうにと、不思議な気がする。

 本来、野次馬的ワイドショーであるにせよ、急激な物価高、石油原料の入荷不足による現場の異常事態、そして何よりも高市政権の無能力ぶりに、メディアはどこも触れない。国会中継を見る限り、高市政権が何もしていないことは明白で、これほど中身のない、やる気の全く感じられない政権が未だかつてあっただろうかと、憤慨しているGamilaとしては、歯がゆさを通り越して、メディアに対して、諦めのようなものさえ覚えるのだ。

 世論調査というのも信用できない。調査の質問項目自体に問題があるのか、調査を受けた庶民がアホなのか、USAべったりの高市政権に対して、相変わらずの高支持率なのだ。本当とはとても思えない。

 NHKを始めとして、民法のニュースでも、国会前の憲法改正反対のデモについて、ほとんど報じない。国会前だけではなく、全国津々浦々で、反高市の声が上がっているのに、これに対しての分析さえ行われていない。

 先日、統一教会主催の合同結婚式がソウルであったらしいが、これに日本から、何百組も参加したとのニュース。統一教会が相変わらず宗教活動をしていることに驚いた。

 統一教会と深い関わりを続けている自民党、そして高市早苗という胡散臭い、女性の顔をした男性優位主義の人物が総理大臣を続けている限り、日本は愚かなまま、戦前回帰の道を行くばかりだ。

 マスメディアの劣化、ジャーナリストの劣化の中、AIだけが、知識を増やして、跳梁跋扈していくのだろうか。

2026/05/08

長谷川町子美術館・記念館

  長谷川町子(1920-1992)の「サザエさん」連載開始から今年でなんと80年になるという。私は「サンデー毎日」に連載されていた「いじわる婆さん」をよく読んでいた。

 TVのアニメ「サザエさん」はあまり見たことはない。アニメよりも、昔、江利チエミがサザエさん、川崎敬三がマスオさんを演じた、1960年代のテレビドラマを覚えている。江利チエミも、川崎敬三も、はまり役だったので、けっこう笑って見たことを覚えている。

 先日、世田谷の桜新町にある長谷川町子美術館に初めて行ってみた。町子は佐賀県出身の4人姉妹の三女。次女は幼い時に亡くなったが、姉、妹の三姉妹はとても仲がよかったらしく、町子が漫画家として売れるようになると、姉妹社という会社を作って、著作権の保護、著作物の記録・保護などもきちんと行っていたらしい。

 世間では、姉妹の折り合いがよくなくて、結婚を契機にほとんど音信不通の姉妹もいる場合もあると聞いていたので、町子が姉と妹といい関係を続けて、長谷川町子の世界を披露していった歴史に触れると、長谷川町子という不世出の漫画家を支えた姉妹の力に圧倒される。

 のらくろで有名な田川水泡に弟子入りして、自分の漫画を生み出した町子の才能は、姉妹との絶妙なバランスの中で長きに渡って、愛されてきたのだろう。

 また、サザエさん漫画には、戦後の一人の女性のファッション、家庭生活、昭和の家庭がよく描かれ、マスオさん現象と言われた、婿養子とサザエさん一家の関係も家父長制のまだ根強い時代だっただけに、新鮮で面白いと思う。

 生前、町子姉妹が収集した、絵画も多く、女性がモデルの絵や、花の絵画など、貴重なコレクションも味わえる。世田谷の住宅街、桜並木も美しい町で、町子の生きた昭和という時代を振り返るのも一興だ。


2026/05/03

読むところがない、読売新聞

  全国紙で購読者数が最も多いのが、読売新聞だそうだ。一般家庭はもとより、近所の病院、ホテルなど、大概、読売新聞が置かれている。営業が強いのか、朝日、毎日より群を抜いて行き渡っている感じだ。

 これほど内容もお粗末な全国紙がなぜ普及しているのか、不思議でならない。巨人ファンが多いからか。新聞によって、世の中のとらえ方は、全く違ってくるのに、読売ほど政権べったりの新聞、見たことない(産経新聞は、報道メディアとして考慮してない)。悪貨は良貨を駆逐するってやつか。

 これほど、社会の木鐸から遠い新聞があるだろうか。それが日本の新聞購読者を席捲している。報道の自由度、世界で62番目だったか、またもや前回より落ちた日本。新聞さえ読まず、官邸広報と化したNHKニュースを見て、SNSをスクロールする。これじゃあ、政権支持が増えたままなのは、しょうがない。

 PS. 今日は憲法記念日。今の日本人には、もったいないほどの憲法をもう一度読み直してほしい。

2026/05/02

機内で見た映画の話

  ①어쩔수가 없다(しあわせな選択)。あの박찬욱監督の2025年作品。이병헌と 손예진が夫婦役。二人とも役柄を楽しんでいる感じ。なんといっても이병헌がいい。映画のテーマが後味の悪い、いつもの박찬욱監督作品だけに、時々笑いを誘う彼の演技には、笑いの底に哀しみさえ覚えるほどだ。

 Gamilaが박찬욱映画を見るのは、「親切なクムジャ氏」「パラサイト」に次いで3本目だったが、いずれも残酷さと後味の悪さで、なるべくなら見たくないと思われる作品ばかり。もちろん、この映画、原題「どうしようもない」は、原作がアメリカの小説を基に、現代韓国の実態を鋭く描いたものではあったが、ほかに解決策はなかったのだろうか、わずかばかりでも希望を見たかったのになあと思ってしまった。

 ②TOKYOタクシー。山田洋次監督。木村拓哉、倍賞千恵子ほか。木村拓哉の演技を見るのは初めてだったが、思いの外、芸達者だと思った。倍賞千恵子は安定している。その声は相変わらず明晰明瞭。役柄に多少不自然さを感じたが、脚本・監督の山田洋次の思いは全編に流れている。戦前から戦後の東京の変容、ひとりの女性が年を重ねていく過程など、94歳になる山田の思いとうまくリンクして、説得力のある高齢者映画として完成していると思う。

 ③グランメゾン・パリ。監督:塚原あゆ子、2024年作品。パリで三つ星レストランを目指す若きシェフの奮闘を描いた。パリでのロケも迫力があったし、出演者のフランス語がけっこう上手なのに驚いた。韓国人料理人だけが韓国語をしゃべっていた。木村拓哉は彼の韓国語も理解している感じ。TBSドラマ、グランメゾン東京から出発した映画らしいが、娯楽作品としてはまあ楽しめる。

 ④그시절 우리가 좋아했던 소녀。2025年、조영명:脚本・監督作品。1986年生まれの高校生の話。2004年高校卒業までの高校生活、卒業後の軍役、就職に至る、ごく普通の韓国の若者の日常が優しいタッチで描かれている。10代後半の男女の成熟度の格差も感じられて、微笑ましい印象だった。





2026/04/30

9年ぶりの韓国、総括

  9年ぶりの韓国。春のソウルは柳絮の綿がふわふわ飛んでいて、おまけに中国からの黄砂もひどくて、日本に比べると、飛来物に満ち満ちた春を味わった。

 地下鉄に乗ると、みんなスマホに熱中して、車内は静かなことこの上ない。老いも若きもひたすらスマホにのめり込んでいる。たまに高齢者がスマホで遠慮なく電話していて、声を落とすということはない。

 日本からは、WAWOOパスを用意していたので、現金を使うことはほとんどなかった。WAWOOの充電器もホテル、デパートなどに設置され、交通カードも兼ねているので、便利だった。

 安全性を考えて、通信は海外使い放題にした。一日800円ぐらい。これでカカオトークも簡単に使えるので、友人との連絡はこれで済む。

 今年から、急遽スマホに変えたGamilaとしては、スマホのおかげで韓国滞在がスムーズ便利になったわけだ。もうスマホのない生活は考えられなくなった。20年に及ぶガラケー携帯はすっかり過去のものと化し、スマホの恩恵に浴していくしかないのよね。パソコンとスマホの二刀流でやっていきます。

 街の様子で変わったことといえば、やたらスタバが増えていたってことかな。東京以上にスターバックカフェがあちこちに出来ていて、どの店もそれなりに流行っていた。イタリア系のPASCOOCUIもあるにはあったけど。

 最後に。9年ぶりに会った友人たちは、ほとんど変わっていなかった。40代、50代、60代、それぞれに年数は経っているけど、面差しもほとんど変わっていなかったし、キャラクターももちろんそのままだった。コロナ禍を経て、彼ら彼女らが、とにかく元気でいたことを今更のように喜びたい。


2026/04/28

韓国では、日本の地震のニュースと反高市デモについてのニュースにほとんど接することができなかった。

  先日の震度強の地震と津波のニュース、たまたまNHKにしていたら、ほぼ一日中津波警報の情報が出っぱなしで、びっくりした。韓国のTVニュースではほとんど扱われていなかった。

 それと、高市政権に反対するデモ。これもNHKのBS国際ニュースでは、見事に報道されなかった。Face Bookで知るのみで、国会前に3万6000人も集まったなんて、これまた驚いた。憲法改正の話、殺傷能力のある武器輸出の解禁など、高市政権のひどい政治感覚に呆れてしまったが、NHKは報道しない。政権に忖度する報道機関など、いらない。受信料返してほしい。

 留守中の新聞を取りおいてもらっているので、帰国したら、山のような新聞と格闘しなければならない。果たして、この間の現状が把握できるだろうか。心もとない。

 いずれにしても、高市首相の無知蒙昧な政治感覚には、いい加減嫌気がさしているGamilaとしては、帰国したら、国会前に行って、高市政権打倒の市民に加わりたい。こんなひどい政権見たことないよ。民主主義のかけらもない。独裁ですよ。

 日に日に人相が悪くなる高市さん、あなたは、女性の敵です、はっきり言って。

2026/04/27

礼儀知らずの中高生

  久しぶりに雨の中、バスに乗った。乗った路線には有名中高校がある。下校時間と重なってしまったので、中高生の態度の悪さに、とにかく驚いた次第。傘から雨粒がポタポタ落ちてくるのにもかまわず、傘をバスの床に近い方に降ろさない。座っている側からすると、膝のあたりにポタポタが落ちてくる。こちらは、傘はバスの床に置いているのに。

 バカでかい荷物を背負った中高生。背負った荷物が大きく揺れるのもかまわず、片手でスマホ操作に集中している。荷物が座っている高齢者の顔に当たってもおかまいなし。びっくりするやら、呆れるやら。「しょうがねえなあ」と私は思わずつぶやくばかりなのだ。

 一体全体、どういう躾や、学校教育を受けているのだろう。偏差値が高いことと、周囲に目配りする知恵があることは、どうも関係ないらしい。高い偏差値のまま、競争に勝って、いい大学に入って、卒業した後、彼ら彼女らは、なんの疑問も抱くことなく、エリート街道を進んでいくのだろうか。

 人間性のかけらもない、スマホ周囲のみ見つめる、視野の狭い、愚かで可哀そうな人々の群れを見て、こりや、日本の未来はどうしようもないなあと思っちゃうんだよね。私って悲観的すぎるかなあ。

 無知蒙昧の首相の支持率がなぜ高いのか、全くわからない。わからないけど、今の中高生を見ていると、一事が万事、あらゆる面に劣化現象が現れているような気がするんだよね。