このブログを検索

2026/08/30

アメリカ追随は、今に始まったことではない。

  2024年9月放映のNHKスペシャル「封じられた第四の被爆」をようやく見た。

  1958年のアメリカによる核実験のせいで、海上保安庁の測量船「拓洋」と「さつま」の乗組員が被爆し、拓洋のチーフ機関士が1年後に白血病で亡くなった。その折、厚生省の役人から、「被爆線量は微量だったので、あまり騒ぎ立てないように」と、遺族に口止めがあったという。厚生省のいう微量は、何か事実に基づいた数字ではない。アメリカからの大雑把な情報を拝借したものに過ぎない。

 NHKの調査報道によって、別の乗組員の歯に残っていた線量がわかった。歯には70年前以上の線量が確かに残ったままだという。約140ミリシーベルト。この線量に専門家は一様に驚愕した。

 当時、日本は岸信介内閣。60年安保締結を最優先させて、この第四の被爆は闇に葬られた。

 1957年には、アメリカの要求により、被爆線量の許容量を出すようにという申し出に、日本の原子力専門家は、具体的な数字を提供した。その直後、1954年の第五福竜丸の被爆からストップしていた核実験が再開され、広島の600倍ともいわれる規模の核実験が太平洋のあちこちで行われ、1958年の拓洋、薩摩の被爆に至る。

 当時、日本の原子力専門家は、近い将来、原子力平和利用の時代に移行していくのだから、アメリカの言う通りにして、新しい時代に備えるべきだと述べている。

 政府一丸となって、アメリカの核開発に従うという、戦後一貫してアメリカ追随を続けてきた日本政府に今更ながら、強い怒りと失望を覚える。

 今の高市政権がトランプ一辺倒なのも、70年前の岸信介内閣と全く同質のものだ。

 主権国家とは名ばかりの、底の浅い日本の政治風土。

 闇に葬られた無辜の民の声を、今一度聞いてみよう。

 NHKスペシャルは、NHK Oneでも見ることができる。多くの人に是非見ていただきたい。調査報道の模範だと思う。

2026/08/23

強きを助け、弱きをくじく

  強い者にこびて、弱い者をいじめるという傾向が高市政権になってから、ますます顕著になってきた。

 本来なら、強きをくじき、弱きを助ける、これが政治の求める方向でしょうが。

 ICC(国際刑事裁判所)に対する、びっくりするようなトランプの言動にも、異議を申し立てるどころか、「残念です」と、おとなしく引き下がる日本政府の態度。

 21世紀になってますます深刻になってきた気候変動、気象災害に対しても、USAに何も言えず、何も言わず、エコサイドにより地球が悲鳴を上げていることにも目を向けず、防衛費増強を目論む、悪魔のような高市政権なのだ。

 こんな、国民無視の自民党+維新政権、絶望しています。どうしたらいいのだろう。

2026/07/29

何が骨太の方針だ?

  日本列島あちこちが活断層だらけでガタガタだというのに、高市政権の「骨太の方針」とは、一体何なのか、笑ってしまうしかない。笑うに笑えない、これはもうホラーだ。

 国会軽視もはなはだしく、三権分立の何たるかも理解できないまま、気味の悪い薄笑いばかり浮かべては、反省も一切しない高市という総理大臣の存在自体が、これはもう災難というほかない。

 熊本の天変地異には言葉を失うが、10年前の1回目の熊本地震の際、「外に出ている人は家に戻って下さい」と、余計なことを言った安倍首相のせいで、2日後の地震で多くの死傷者を出してしまったことをGamilaは忘れない。

 国土の強靭化は望むべくもないが、今以上の環境破壊をやめて、インフラ整備を最優先してもらいたい。

 

2026/07/25

ハンディ―ファン。

  片手にスマホ、もう一方の手にハンディーファン。通りでみかける、若い女性の最近の姿だが、扇子であおぐことすらやめて、何から何まで電力のお世話になるという徹底した電力依存症ぶりだ。

 酷暑の夏。エアコンは命を守る命綱になってしまった。それだけでも電力の需要は際限なく増加する。節電が叫ばれていた時代を知っているGamilaからすると、もう、どうしていいかわからなくなる。

 最近の再エネ反対の動きにも首をかしげる。環境破壊の観点から、太陽光のパネルもダメ、風力発電もダメという人々がいるが、では、安全神話の崩壊した原発を再稼働したり、もっと増やせというのか。そんなこと、末恐ろしくて考えたくもない。人々は、40年前のチェルノブイリや15年前の福島第一原発の事故を忘れてしまったのか。

 この暑さでGamilaも普段にも増して、頭が働かない。ただこれだけは言いたい。

 自分の顔くらい、自分であおげよ。

2026/07/10

なぜリニア・カーの敷設を中止しないのだろう。

  静岡県知事がリニア・カー工事を認めたそうだ。自然破壊以外の何物でもないのに、名古屋まで飛ばして、一体何を得るものがあるのだろうか。既存の新幹線で十分だろうに。

 不安定な日本列島の地下を掘っていくなんて、どうしたらそんな考えに至るのか、理解できない。そんなお金があるのなら、全国隈なく老朽化している下水道の修復に専念したらいいのに。

 神をも恐れぬ残酷な仕打ちに、なぜゴーサインを出したのか。当選前は川勝元知事の方針を受け継ぐという話だったと聞いている。

 JR東海のひたすら利権追求を続ける姿勢には、呆れかえる。人口減少が進む中、誰がリニア・カーを利用するのだろう。

 おかしいと思ったら、途中でやめられない日本。辺野古の工事、リニア・カーの工事、そして、戦前の無意味な侵略行為。撤退の大切さをいつになったら思い知るのだろうか。

2026/06/30

天皇制なんかやめてしまえばいいのに。

  憲法で天皇は国民の総意に基づいた象徴と定義されているが、果たして天皇という存在が必要なのかとGamilaは常々思っている。戦争責任について、昭和天皇は何の反省もなく亡くなった。彼が敗戦の年に退位していれば、すっきりしたのにと思う。なぜ天皇を象徴として残したのか、よく理解できない。

 明治維新以来、天皇制は国家神道と一体になって、戦前の国民に浸透していたらしいが、その歴史、たかだか160年にも満たない、近現代に作られた神話だ。

 民主主義の概念から見ても、天皇制の存在は人権侵害を及ぼすだけだ。皇族の存在も民主国家にふさわしくない。何を今更という感じがするのに、象徴天皇制に振り回されて、政治家もメディアもフラフラと、曖昧な態度に終始している感じだ。

 憲法九条で戦争放棄を謳う一方で、一章でかつて戦争の最高責任者だった天皇を象徴として残してしまったのは、納得できない。

 Gamilaは、憲法九条を守りたいので、憲法改正に反対の立場だが、象徴天皇制、これ、何とかならないものかと思うのだ。妙案があれば、誰か教えてほしい。

2026/06/19

傍若無人

  傍若無人(ぼうじゃくぶじん)。傍らに人無きが如し。傍に人がいるのに、いないかのように勝手な行動をする様子。

 先日、友人とパスタの店でランチをとった。二人席だったが、隣の二人席が来るまでは、それなりにおしゃべりを楽しみながら、食事していたのだが、隣に、女性二人が座ったとたん、彼女たちがかなりの声でしゃべったり、大笑いしたりが始まった。迷惑そうに思わず隣を何度か見てしまうほどの大音量。

 年齢差があるようだが、母娘ではないらしい。久しぶりに会ったのか、とにかくそのけたたましさと言ったら、驚きを越え、呆れるほどだった。友人と「これじゃあ、耐えられないわよね」と目で合図しながら、食後のコーヒーは、別の店に移ることにした。

 久しぶりに傍若無人という言葉を思い出した。普段、人と接することがないのだろうか、自分たちしか、その場にいないかのようにはしゃいでいる。彼女たちには、マナーとか、エチケットとか、そういう概念が存在しない。周囲の冷たい視線を感じ取る神経も持ち合わせていない。

 ウェイトレスにそれとなく伝えることも考えたが、とにかく一刻も早く店を出ることにした。注文はQRコードだけど、客としての一言をメールで伝えることができたら、よかったのかもしれないし、ウェイトレスに店内の雰囲気を観察して注意喚起してもらうのは、ちょっと無理かもねぇとも思った。