夕べ、帰国した。
ソウルは週明けから冷え込んだ。晩秋から初冬の気候になると天気予報で騒いでいた通り、18日朝は零下5℃まで下がった。
室内は何の問題もない。外は急激な冷え込みに身体が慣れていない上に風が強く、久しぶりのソウルの冷気に感動すら覚えるほどだった。
羽田に夜6時過ぎに着いたら、気温16℃。だから20℃の差だ。この暖かさが、東京の銀杏の色づきを悪くしているのだ。マロニエ公園の銀杏のまっ黄色なことと言ったら、もう、言葉に尽くせないほどだった。今日から少しずつソウルでの1週間について書いていく。
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2008/11/11
では、行ってきます。
東京もこの所冷えてきた。その方が私には都合がいい。今日から出かけるソウルとの差があまりにも大きいと身体がついていけないかもしれないから。今朝のソウルは7℃、昼間は15℃くらいまで上がって、気温差が大きい(일교차가 크다)。東京も今朝は10℃を下回ったし、日が射さないので昼間も14℃くらいまでしか上がらないという。
スーツ・ケースを少しでもすっきりさせたいがために、昨日は一日中、下着やカットソー、靴下、ストッキング、カーディガンなどを出したり入れたり、せわしなかった。胸元と腰を暖かくすれば防寒は完璧だ。かと言って、ポリウレタンの入ったカットソーのタートルだと、首周りがキュッとなって、着ていると次第に胸苦しくなる。綿100%のものでも、その織り方によってはゆとりがなくなる。
パンティー・ストッキングは嫌いなので、ゴム付きストッキングだ。パンツは又上の深いもので、ウエストの伸びがよくないと、やっぱり着心地が悪い。靴下はウールのものも2つ入れた。靴は履きなれている、くるぶしまでのブーツ。マフラーは軽くて暖かいカシミヤのものにした。
帽子と手袋は薄紫のスエードと合成皮革のもの。帽子は型崩れを気にせずに、ポケットに丸めて入れられる。セーターは、カシミヤのグレーのフレンチ・スリーブのと、黒のタートル、それに黒のカーディガンを入れた。下着代わりにハイネックやタートルのTシャツも入れた。
ソウルは当分晴れが続くらしいが、日曜日に雨が予想されている。折りたたみの傘を入れていくかどうか、思案中だ。
2008/11/09
見返りを求めない愛。
両親から受けた愛を一言で言うと、それは見返りを求めない愛である。それは目に見えないものだ。そのときには気がつかなくても、後になってしみじみわかる愛だ。年齢を重ねてみると、そのことがいよいよはっきりしてくる。
父母の愛に勝るものはない。私は子供を持たなかったから、本当の意味で父母の気持ちがわかっていないところはあるだろう。母にならなければ、自分の子供に対する慈愛、いとおしみと言った感情は切実なものとしては迫ってこないだろう。だから私が考えることはあくまで推測に過ぎない。
見返りのない愛ほど美しいものはない。相手に対してここまでしたのに何の反応もなかったとか、こちらを利用してばかりの相手に対して腹を立てたりとか、そういうことが一切ないということだ。
そういう意味で、私は韓国の知人からどんなに深い思いやりと愛情を受けたか知れない。残念なことに、日本ではあまり体験したことがなかったものだから、彼らの「情」の深さに、最初は戸惑いながらも次第に甘えていく自分を見出だすのだった。
1年あまりのソウル滞在のときも、2年余りの留学時代も、私は本当にどれだけ多くの韓国人の情に支えられて過ごしただろう。たった一言でも、その思いやりの深さにどれだけ励まされたことか。それは年齢、性別を超えて、いつも私を元気にしてくれた。
「韓国では水を得た魚のようね」と、昔日本人の知り合いから言われたことがある。そう言われてみてそうかもしれないと思った。基本的に私は日本にいるとエネルギーが枯渇し、韓国に行くと、生き生きとしてくるのだ。食べ物のせいばかりではない。それはやはり韓国人の深い思いやりのお陰なのだ。
もちろん韓国も日本のように物質主義が横行し、自分の肩書き、経歴のためには何でもするという俗物根性丸出しの人もいるにはいる。でも、表面的な社会の趨勢がたとえそうなって行っても、社会の底に流れる情緒はそれほど急激には変貌していかないものだ。その情緒はすでに日本では見られなくなった。
日本は随分ドライな社会になってきた。自分もしくは自分の家族さえよければいいという人が増えた。それだけ世知辛い世の中になったのだ。ゆとりというものがおよそ感じられない。韓国も確かにゆとりがなくなってきた。でも思いやりという人間最後の砦はちゃんと残っているように思う。日本がそれを取り戻せるか、そして韓国がそれを維持できるか、それが私の関心事である。
父母の愛に勝るものはない。私は子供を持たなかったから、本当の意味で父母の気持ちがわかっていないところはあるだろう。母にならなければ、自分の子供に対する慈愛、いとおしみと言った感情は切実なものとしては迫ってこないだろう。だから私が考えることはあくまで推測に過ぎない。
見返りのない愛ほど美しいものはない。相手に対してここまでしたのに何の反応もなかったとか、こちらを利用してばかりの相手に対して腹を立てたりとか、そういうことが一切ないということだ。
そういう意味で、私は韓国の知人からどんなに深い思いやりと愛情を受けたか知れない。残念なことに、日本ではあまり体験したことがなかったものだから、彼らの「情」の深さに、最初は戸惑いながらも次第に甘えていく自分を見出だすのだった。
1年あまりのソウル滞在のときも、2年余りの留学時代も、私は本当にどれだけ多くの韓国人の情に支えられて過ごしただろう。たった一言でも、その思いやりの深さにどれだけ励まされたことか。それは年齢、性別を超えて、いつも私を元気にしてくれた。
「韓国では水を得た魚のようね」と、昔日本人の知り合いから言われたことがある。そう言われてみてそうかもしれないと思った。基本的に私は日本にいるとエネルギーが枯渇し、韓国に行くと、生き生きとしてくるのだ。食べ物のせいばかりではない。それはやはり韓国人の深い思いやりのお陰なのだ。
もちろん韓国も日本のように物質主義が横行し、自分の肩書き、経歴のためには何でもするという俗物根性丸出しの人もいるにはいる。でも、表面的な社会の趨勢がたとえそうなって行っても、社会の底に流れる情緒はそれほど急激には変貌していかないものだ。その情緒はすでに日本では見られなくなった。
日本は随分ドライな社会になってきた。自分もしくは自分の家族さえよければいいという人が増えた。それだけ世知辛い世の中になったのだ。ゆとりというものがおよそ感じられない。韓国も確かにゆとりがなくなってきた。でも思いやりという人間最後の砦はちゃんと残っているように思う。日本がそれを取り戻せるか、そして韓国がそれを維持できるか、それが私の関心事である。
2008/11/08
よくわからないBoAちゃん
BoAオタクのBoAちゃんに宿泊先を明記したメールを送ったのに、返事がいつものように電光石火のごとく届かない。そうなることを私は予想していた。83年生まれなのだが、働いていないのは確かだ。かと言って学生でもなさそうだ。江南に暮らす、金持ちのお坊ちゃんという感じなのだ。
彼はブログ更新に毎日の大部分を費やしている。友人に会う話もあるが、だいたい江南のCOEXあたりでけっこう豪華なランチを食べている。同じソウルでも彼は江南しか知らないみたいだ。お家はお金持ちらしい。夏には両親がニュージーランドに出かけて、妹と二人でピザを取って食べたというメールをもらったことがある。
昨年、秋に友だちと東京に来るというので、請われるまま東京の情報を送っていたところ、突然来れなくなったとのこと。びっくりした。そうこうするうちに11月からすべての外国人旅行者が指紋押捺を義務付けられるようになり、彼はそれをひどく嫌った。
日本もUSAに倣ってテロ支援国家に対する警戒を強化するために去年の11月から指紋押捺を実行することになった。私も情けないなあと思った。韓国はそこまではしない。指紋押捺のいやな気分はやったものでないとわからない。
1997年に韓国入りしたとき、出入国管理局で10本の指をスタンプにつけて押捺したときの気分は忘れられない。ただ韓国国民は全員指紋押捺をして住民登録をしているのだから、郷に入っては郷に従うしかないねと諦めた。
夕飯を食べて、メール確認をしたら、BoAちゃんから返事が来ていた。案の定、「僕は江南しか知らないから麻浦(マボ:私の宿泊先)まで行くのは面倒だ。遠いとのこと。随分フットワークの悪い子だなあと私は苦笑するしかなかった。
人はそれぞれさまざまな事情を抱えて生きている。あまり詮索してもしかたない。とにかく私がソウルに到着したら電話をしてほしいと言うので、電話だけすることにした。12月の日本語能力試験を控えて、最後の特訓でもしてあげようかと思っていたのに。
で、BoAちゃんの代わりに아르하くんと会うことになった。彼は幻想文学を主宰する文筆家である。元々Lomo homeのサイトで知り合った好青年だ。もう6年前のことになる。このサイトではもう一人OMくんという、自称私の息子とも知り合うことができた。そういう意味でも私はLomo homeの主催者MGくんには感謝している。
これでソウル到着当日、12日、13日、14日までの予定が埋まった。かなり順調なスケジューリングだ。ソウルにはノート・ブックを持っていかないので、出国前に具体的な約束が決まっていくのはありがたい。
彼はブログ更新に毎日の大部分を費やしている。友人に会う話もあるが、だいたい江南のCOEXあたりでけっこう豪華なランチを食べている。同じソウルでも彼は江南しか知らないみたいだ。お家はお金持ちらしい。夏には両親がニュージーランドに出かけて、妹と二人でピザを取って食べたというメールをもらったことがある。
昨年、秋に友だちと東京に来るというので、請われるまま東京の情報を送っていたところ、突然来れなくなったとのこと。びっくりした。そうこうするうちに11月からすべての外国人旅行者が指紋押捺を義務付けられるようになり、彼はそれをひどく嫌った。
日本もUSAに倣ってテロ支援国家に対する警戒を強化するために去年の11月から指紋押捺を実行することになった。私も情けないなあと思った。韓国はそこまではしない。指紋押捺のいやな気分はやったものでないとわからない。
1997年に韓国入りしたとき、出入国管理局で10本の指をスタンプにつけて押捺したときの気分は忘れられない。ただ韓国国民は全員指紋押捺をして住民登録をしているのだから、郷に入っては郷に従うしかないねと諦めた。
夕飯を食べて、メール確認をしたら、BoAちゃんから返事が来ていた。案の定、「僕は江南しか知らないから麻浦(マボ:私の宿泊先)まで行くのは面倒だ。遠いとのこと。随分フットワークの悪い子だなあと私は苦笑するしかなかった。
人はそれぞれさまざまな事情を抱えて生きている。あまり詮索してもしかたない。とにかく私がソウルに到着したら電話をしてほしいと言うので、電話だけすることにした。12月の日本語能力試験を控えて、最後の特訓でもしてあげようかと思っていたのに。
で、BoAちゃんの代わりに아르하くんと会うことになった。彼は幻想文学を主宰する文筆家である。元々Lomo homeのサイトで知り合った好青年だ。もう6年前のことになる。このサイトではもう一人OMくんという、自称私の息子とも知り合うことができた。そういう意味でも私はLomo homeの主催者MGくんには感謝している。
これでソウル到着当日、12日、13日、14日までの予定が埋まった。かなり順調なスケジューリングだ。ソウルにはノート・ブックを持っていかないので、出国前に具体的な約束が決まっていくのはありがたい。
2008/11/07
タイミングのいい人、悪い人
立冬。今日は一日中雨が降るから、気温も上がらないだろう。
昨日、ソウルで会うことになっている何人かの人とメールのやりとりをした。外国語専門高校の取材を最優先していたので、それが14日の金曜日になんとか確定してホッとした。残りの約束はいくらでも融通が効くからだ。
12日(水)の予定が14日に変更になったので、12日と13日にうまく会える人を何人か選び出して、すぐにメールを送った。一人は折り返し返事をくれて、彼とは12日の昼間会うことになった。彼は私の本の読者である。読後感想文を私に送ってくれた27歳の青年で、その後も何度かメールのやりとりをしていて、今では親戚の男の子といった感じさえする。彼が製作したCDも秋に送ってもらい、それがきっかけで、彼にも次号の原稿依頼をした所、快く引き受けてくれた。これからはK君と呼ぼう。
もう一人は、韓国語のブログで知り合い、この1年半あまりメールのやりとりを続けてきた、日本語オタクの男の子である。彼はBoAの大ファンで、そのブログはBoAと이승엽(巨人の選手)一色である。12月7日には日本語能力試験の3級を受けるそうだ。彼の実力なら大丈夫だろう。これからはBoAちゃんと呼ぶことにする。
出版社のN社長(この日記でも再三登場したから、お馴染みの人も多いだろう)は、今日から10日まで大阪に出張だ。彼が韓国に戻った翌日、私と会うことになっている。私の携帯電話の名義人で、雑誌のデザイン、印刷を一手に引き受けてくれている人でもある。当初12日に高校取材に同行することになっていたが、取材先の都合で14日に変更されたため、一緒に連れて行ってもらう話はダメになった。
社長と私とのタイミングはこういうことが多い。彼が忙しいときに私の予定が入ったり、彼の体調が優れないときに私が来韓したりということが過去に多かった。一緒にどこそこへ行こうと言っていて実現したのは、留学前に挨拶に行くとき、一緒に晋州まで車で行ったことぐらいだ。あとは二人の所在位置が微妙にずれたりして(私がソウルにいて、社長が釜山に出張とか)、そのときは電話で挨拶することしかできなかった。
だから私は落胆しない。タイミングの悪い人はいつも悪いし、いい人は、すんなり私のスケジュールに入ってくれる。去る者追わず、来る者拒まずの心境を私は韓国で培ったような気がする。
昨日、ソウルで会うことになっている何人かの人とメールのやりとりをした。外国語専門高校の取材を最優先していたので、それが14日の金曜日になんとか確定してホッとした。残りの約束はいくらでも融通が効くからだ。
12日(水)の予定が14日に変更になったので、12日と13日にうまく会える人を何人か選び出して、すぐにメールを送った。一人は折り返し返事をくれて、彼とは12日の昼間会うことになった。彼は私の本の読者である。読後感想文を私に送ってくれた27歳の青年で、その後も何度かメールのやりとりをしていて、今では親戚の男の子といった感じさえする。彼が製作したCDも秋に送ってもらい、それがきっかけで、彼にも次号の原稿依頼をした所、快く引き受けてくれた。これからはK君と呼ぼう。
もう一人は、韓国語のブログで知り合い、この1年半あまりメールのやりとりを続けてきた、日本語オタクの男の子である。彼はBoAの大ファンで、そのブログはBoAと이승엽(巨人の選手)一色である。12月7日には日本語能力試験の3級を受けるそうだ。彼の実力なら大丈夫だろう。これからはBoAちゃんと呼ぶことにする。
出版社のN社長(この日記でも再三登場したから、お馴染みの人も多いだろう)は、今日から10日まで大阪に出張だ。彼が韓国に戻った翌日、私と会うことになっている。私の携帯電話の名義人で、雑誌のデザイン、印刷を一手に引き受けてくれている人でもある。当初12日に高校取材に同行することになっていたが、取材先の都合で14日に変更されたため、一緒に連れて行ってもらう話はダメになった。
社長と私とのタイミングはこういうことが多い。彼が忙しいときに私の予定が入ったり、彼の体調が優れないときに私が来韓したりということが過去に多かった。一緒にどこそこへ行こうと言っていて実現したのは、留学前に挨拶に行くとき、一緒に晋州まで車で行ったことぐらいだ。あとは二人の所在位置が微妙にずれたりして(私がソウルにいて、社長が釜山に出張とか)、そのときは電話で挨拶することしかできなかった。
だから私は落胆しない。タイミングの悪い人はいつも悪いし、いい人は、すんなり私のスケジュールに入ってくれる。去る者追わず、来る者拒まずの心境を私は韓国で培ったような気がする。
2008/11/05
ソウル行き準備中。
2、3日前から、朝だいぶ冷えてきた。日中は日が射さないと、ちょっと薄ら寒い。公園の木々もまだうっすらと色づく程度だ。イチョウは緑がたくさん残った中、銀杏の実の匂いがきつく立ち昇ってくる。
ソウルはすっかり初冬の装いらしい。朝が5~6℃、日中が12~13℃くらい。これは東京の冬だ。10年近く東京に留学していたLeeさんの言葉、「東京の冬はソウルの秋みたいだ。年間を通して一番快適な季節だった」。本当にそうだと思う。
さて、来週のソウル行きを控えて、スーツケースの中身を出したり入れたり、準備に余念がない。なるべく軽くしようと思っても、下着、靴下の類だけでも嵩張る。室内は東京より暖かいから重ね着スタイルにするのがいいだろう。ウールのものはフレンチ・スリーブのカシミヤのセーターだけ。あとはカットソーの類(タートルネックのTシャツなど)。それからストール、スカーフ、手袋、帽子。
1週間の滞在だし、オフィステルに泊まるので洗濯もできる。下着類は2日分用意すれば十分だろう。スーツケースの底に入っているのは、雑誌、書籍、取材お礼用の小さな贈り物、出版社社長には事務所移転のお祝い、その他取材資料などだ。
大き目のリュックには、日本と韓国の携帯電話とそれぞれの充電セット、デジタル・カメラおよびその充電セット、デジタル・レコーダーなどが入る。これだけでかなりの重さになるが、携帯電話は到着早々使うので、スーツケースには入れない。
コートはバーバリースタイルのウールのコートにした。着慣れているからだ。ライナー付きのコートは12月に行くときに着よう。あるいは、そのときの寒さによっては、ダウン・コートになるかも。
18日帰国だが、翌11/19は韓国の수능(修能)だ。この冬一番の寒波がやってくるかもしれない。なぜか毎年、この日に寒さの第一弾がやってくるそうだ。とにかく来週から1週間はなるべく寒波に見舞われることなく、仕事も無事終わって、懐かしい友人たちになるべくたくさん会いたいものだ。
2008/11/03
やっぱりね~。
ヒョンビンのドラマ、2回目以降続きを見ていない。はっきり言って見る気がしないのだ。今日の朝鮮日報によると、このドラマの視聴率は5.8%だとか(第2回目)。初回が7%程度というから、それほど期待されていなかったようだし、あのキャスティングと脚本では、どうもね。
そう、明らかにミス・キャストだ。2年に一度のTVドラマ出演のヒョンビンにはお気の毒と言うしかないが、ソン・へギョは役不足。1回目しか見ていないから何とも言えないが、ドラマの設定自体、ちょっと古いって感じ。テレビ・ドラマ・チームの恋模様を描くなんて、20年前の発想だなあ。
韓国ドラマは韓流の中心をなすけど、そのドラマ手法はちょっと昔の日本を思い出させる。懐かしいと言えば、そうなのだけど、古いことは古い。出演者の美男美女の存在がなかったら、脚本の稚拙さ、陳腐さはどうしても拭いきれない。
今韓国で人気を博しているドラマ「ベートーベン・ウィールス」は、日本の「のだめ」を模したものとされているが、日本の漫画をそのまま参考にしたり、その発想を再利用したりする映画やテレビ・ドラマが後を絶たないのも、ちょっとねぇ~と思うのだ。そろそろ韓国オリジナルの世界を見せてほしいと思うのだけど。
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