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2009/03/05

Seoul 1997 その2

 あの当時、携帯もパソコンもなかった。その代わりにあったのが、BB(ビッピー)。今、BBのこと覚えている人がいるだろうか。呼び出しベルのことだ。小さな画面に相手の電話番号が表示され、街を歩いていてこれが鳴ると、急いで公衆電話ボックスに入り、暗証番号を押して、先方のメッセージを確認したり、先方に直接電話をかけたりしていた。持ち歩きの留守番電話と言ったらわかりやすいだろうか。グリーン色のマッチ箱ぐらいのBBを腰に下げて、私はソウルの街を歩き回ったものだ。 

 4月に撮った写真がどういうわけか、黄ばんで見える。ペンタックスのフィルムカメラで距離も絞りも勘案しながら撮影したのに、どういうことか。決して安くないレンズがとうとうイカレタのかとがっくりきた。そのうち、原因は黄砂にあるということに気がついた。中国から黄砂が直接やってくる。黄色い煙が舞い上がり、ケナリの真っ黄色もかすんでしまうほどだ。 

 今、私の必須アイテムになってしまった、ノートブックパソコン、デジタルカメラ、携帯電話、この3つが一切なくても、それなりに生活を楽しんでいた自分がいた。しょっちゅう連絡を取り合わなくても、友人関係は良好だったし、撮影したフィルムを預けて、それが出来上がるまでの時間を楽しんだし、ブログやメールがなくても、日記や手紙があった。日本までの航空便は今よりずっと時間がかかり、急ぎの用事はFaxでやり取りもした。 
 
 軽い気持ちでキーボードを打つ代わりに、ボールペンと修正液で書いた手紙をどれだけたくさん出したか知れない。計り知れない数の写真を撮ったが、フィルム1本に納得のいく写真が数枚あればいい方だった。失敗すれば、簡単に削除できるようになった分、写真1枚の重みがなくなった。  

 手間暇かけていくということから遠ざかってしまったことを思うと、12年という歳月の中で失ってしまったものが何だったのかと考えないわけにいかない。いずれにしても言えることは、筆まめな人は、筆まめだし、筆不精の人は手段が簡易化されても、筆不精のままだということだ。

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