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2010/04/22

またも氷雨、そしてタマラ・ド・レンピッカ

 「奢れる者は久しからず」シリーズもちょっと飽きてきちゃって、まだ外務省、防衛省などを残したままになっているが、今はちょっと遠ざかりたい心境。この粘りのなさが私の最大の難点であることは誰よりも自分でわかっている。  

 渋谷の文化村ミュージアムで5月9日までやっているタマラ・ド・レンピッカ展を覗いてきた。グリーンのドレスに身を包んだ本人の肖像になんか魅力を感じたのよね。あのグリーンがよかったのか、彼女の豊満な肉体がよかったのか。彼女は1898年、ロシアに生まれ、後にアメリカに亡命して1980年に亡くなった。彼女の遺志によりその遺灰は火山の上に撒かれたらしい。どこの火山で誰に託したのか忘れてしまったが、そんなことより亡くなった後まで自分の身の振り方を指示して死んでいったということに私は惹きつけられる。 

 結婚も2度ぐらいしたようだし、娘も一人産んでいるみたい。数え切れないほどの肖像画を頼まれ、彼女特有の筆裁きでなかなかいい味を出している。 

 写真の時代を迎えてからは彼女自身が写真のモデルとしてよく登場するようになる。自分が一番美人だと思っていたんだろうなあと、独特のポーズと焦点不明のやるせない視線にこれまた釘付けになったのだ。  

 結婚、同棲と多くの男性との暮らしがあったようだが、アールデコのワンピース姿の彼女からは生活感というものがまるで感じられない。たぶん、相手の男性は料理好きだったのではないかと思える。そして娘だ。 

 この娘が生きているとして80代だ。どこでどうしているのか、愛憎相半ばだったであろうはずの母に対してどういう思いを抱いて年老いていったのか。とても興味がある。タマラ自身も娘との時間を過ごすよりは、娘をモデルにした絵画の時間をより好んだそうだ。まあ、自分勝手な者だよね、芸術家って。でもあこがれるな。

2010/02/24

奢れる者は久しからず その①

 これは2010年2月24日に公開したブログです。

 私は運転免許を持っていない。夫も持っていない。友人たちの間でも珍しい存在と言われている。大概どちらか一方が持っているか、夫婦で車が2台ある輩もいて、びっくりしたりする。

 したがってマイカーなどという実に面倒なものがないおかげで、駐車の手間もいらない。公共の乗り物に乗るか、テクテク歩くだけである。田舎暮らしや、地方の僻地でもあるまいに、都心に暮らしてどうして必要なのか理解に苦しむ。

 時々、幹線道路を有閑マダムと思しき女性やヤング・ママ(古いね。この表現)が外車や大型国産車にたった一人で乗って運転してるのを見かける。どこへ行くのか知らないけれど、あっけにとられて、私は信号をただ待つのみである。外車はとんでもない大きさ。たまに暴力団のボスかもしれない怖いその手のおっさんが2名か3名ぐらいで乗っているのをバスの中から見かけることもあるが、先のマダム、たった一人で、ガソリンを消耗してCo2を排出し、優雅に走り去るのである。エッセイストの佐藤愛子だったら、怒りの一撃でもくれてやるところじゃないかと私は心中、ひとりほくそえむ。

 最近の佐藤愛子も85歳は過ぎたから、とんとそのエッセイを読んでないが、50代過ぎた頃のものを読むと、毎日社会に対して怒っているのだ。そのエネルギーたるや、すごい迫力なんだけど、30年前の50代はやけにお婆さんみたいなのでびっくり。最近の50代は若いよね。榊原郁恵も50をとうに越したのだ。相変わらずキュートだ。ほんと、タレントは若い。

 話が横に逸れた。トヨタの話だ。
 リコール問題で今喚問されている社長の態度。どう見ても「奢れる者は久しからず」という『平家物語』の一節を思い出してしまう。

 愛知県の豊田市。「企業城下町」としてずいぶん羽振りのよい時代が続いていたのに、「下請けイジメ」ではかなり有名な企業だったよね、トヨタ

 最近の派遣切り、求職難、大卒、高卒の就職氷河期(私のときもそう言われていたっけ、その昔)。一体この30年で氷河期が何回あったことか。いつも今が最低の時期とマスコミは騒ぐ。常套句なのか、マス・メディアのボキャブラリーが貧弱、貧相なのか。とにかく知恵がないよね。インテリを気取るジャーナリストさんたち! もっと本を読んでお勉強してほしい。そこの若者、インターネットでアダルト・サイトばかり見ていないで、ちょっとは読書に励みなさいな!(だんだんプチ佐藤愛子になってくる)。

 いっそのこと、技術大国の日本で部品をぜ~んぶ作って、USAに持って行き、現地で組み立てればいいのに、などと単純に私などは思うのだが、USAは部品の90%を米国内で作ることを法律上、日本に強制しているのである。現地法人の社長も対応が遅いことこの上ない。かなりアホな面構えだった。大量のアメリカ人失業者が出る州では沈黙しているか、日和見状態で静かにしている。ずるいね、USA!って。

 足の短い日本人と、180センチなぞざらにいる米国とでは、アクセルやブレーキまでの長さ一つとっても違うじゃないの? リコールされるトヨタトヨタだが、米国のわがままにも腹が立つ。ヨーロッパでもリコールが上がっている。もしかして倒産したりして。まさかね。でもJALの株が一枚1円になって会社更生法,つい最近のことだしなあ。

 最近傑作川柳に、

  株主は折鶴折るしかない株券
(TBSラジオ、荒川強啓の月~金帯ワイドニュースの時間に設けられた川柳最高賞)
註:鶴はJALのトレードマーク。

というのがある。最近ロゴを変えて失敗したんじゃないの? どう見たって、鶴のマークに日の丸の大赤字だよ。

 天下のトヨタ。ここぞとばかりのUSAのGM(日本で言えば、日本政府+JALみたいな関係)が漁夫の利を得たりなんかして……。

 「下請けイジメ」のトヨタ、車だけはもちろん武器まで造って密かに輸出する日産。どういうルートなのか皆目わからない。こういうのを「死の商人」って言うんだよね。技術で定評のあるあのホンダでさえ、リコールを受け始めているという話。ああ何をか況や。

 資源のない日本がこの先、生き残っていくには、高い技術力(High Quality)と信頼性(After Care)しかなかったのにね。

 景気の二番底が叫ばれ、あんなに大騒ぎした半世紀ぶりの政権交替も、政治家と金の問題で自民党55年体制と一体どこがどう違うのか、私には皆目わからない。自民党を支持してきた人々に聞きたいところだが(寡聞にして周囲にいない)、ようやく先進国並みに2大政権時代が幕を開け、本当の意味での民主主義がいよいよ始まるのではないかと多少わくわくしてみたりしたんだけど、ね。

 まあもう少し10年くらいは様子を見ないと。野党も与党も育たないよ、こんな中途半端じゃ。野党というものが育たない国だね。

 共産党だけがこれみよがしに正論を吐いてインテリ面して自己防衛に終始している。まさか自民党一党独占時代に戻って(あるいは自公で仲良く政教分離をごまかそうとしても)、私ゃ、ちっとも面白くないくそまじめの日本、特に東京なんかに暮らし続けたくない。かといって急に農作業するほど知識もない。どうするか。亡命か移民か。

 夏の参院選、どうなるか。長い目で見るか、またゼネコンと組んだ昔の田中角栄の「日本列島改造論」(=自然破壊=改悪化)の下、経済右肩上がりを望むのか。
 いずれにしても日本人の民度がひたすら問われるだろう。


 明日はJALについて、「奢れる者は久しからず その②」を書こうかなと思う。ああ、エネルギー切れ。

2010/01/14

ハイチの大地震

 カリブ海に浮かぶハイチで大地震が起きて、犠牲者の数が10万人以上との報道を耳にした(詳しくは、下記のGoogle検索をクリックして下さい)。

 今度の日曜日。阪神淡路大震災から15年を迎える。15年経っても人々の傷は癒えないだろうと想像する。 

 今年に入ってから残虐な犯罪が毎日のように起こり、思わずTVを消してしまう。TVのコメンテーターっていう人々、正直言っていらないと思う。新聞の記事をネタにどこの局もほとんど同じ話題で大騒ぎ。 

 今年は自分の目で見て、耳で確かめることがどのくらいできるだろうかと自問してみた。何よりも自分なりに考えてみるということ、忘れたくない。



2010/01/12

漂流してきたアザラシの赤ちゃん

 北極から大寒気団が降りてきて、北半球は大部分凍りついている。 
  
 昨日のラジオでの話。アザラシの赤ちゃんが流氷に乗って千葉県の南房総に漂着したという。北海道あたりではよくある話らしいが、随分はるか南方までたどり着いたものだ。生後数カ月らしい。  
 
 アナウンサーが「お母さんから離れてかわいそうに」と言うと、このアザラシを預かっている鴨川シーワールドの人がこう言った。「アザラシは生後1カ月で親離れするんです。その点は問題ないんですが、かなり衰弱しているのでしばらくうちで預かって、獣医さんの診断を仰いでから、放流(海に戻す)するか、シーワールドで育てるか決めることになっています」とのこと。

  生後1カ月で親離れするというのに驚いた。人間の親子関係を考えるとなんともたくましくもさっぱりした関係だ。子供も中高年になると、老いた親を哀れんだり、疎ましく思ったりすることがある。親の方は子供がいくつになっても愛情を注ぐというのに。つくづく人間は厄介な存在だと思った。

2010/01/05

1月5日火曜日

 1/1が金曜日だったから、今年の三が日は韓国でもちょうど三連休となった。旧暦で正月を祝う習慣が根強く残っているから、いつもだと1/1だけ休んでその翌日から出勤するのでヨーロッパの新年と同じような雰囲気だと思えばいい。年末年始の長い休みもない。これは日本特有のものだね。 

 昨日ソウルは41年ぶりの大雪に見舞われた。20数センチも積もり、交通は麻痺。ナルリガナンダ(大騒ぎになる)。仕事にならなかった人もいたらしい。雪の翌朝は道がピンパンキル(氷板)と化し、私も危なっかしい足取りでく歩いたことなど思い出した。

 韓国の知人から「昨年よりももっと深刻な社会状況になる」とメールをもらう。日本もそんな感じだ。派遣村の人々の群れ、超就職難の高卒、大卒者…。  あんまり希望が持てないなあ。ちなみに韓国の旧正月の休みは今年、2月13日から15日の3日間だ。

2009/12/30

12月30日水曜日

 3カ月ぶりに多摩川を渡った。電車の中から見える河原は黄土色で、所々が少し緑だった。大晦日を明日に控えて、電車は少しばかり忙しなくみえる人々で混んでいた。

 ダックスフンドをベビーカーに載せて乗り込んできた母と娘。驚くほど顔が似ていて私は何度も二人の顔を交互に見てしまった。彼女たちは座ってからずっと銀座のなんとかというお店の話をしている。ベビーカーのダックスフンドはおとなしく顔をうずめていた。明日で2009年も終る。何の感慨もない。頭の中の有象無象が沈殿したまま年を越しそうだ。

2009/08/27

手紙の整理

 十年も二十年も前に届いた葉書、手紙、カードの類。折を見て捨てているのだけど、部屋の片付けのついでに埃まみれになって整理している。もう二度と会えなくなった人々からのものは最新のものだけにし、会うつもりのない人からのものはビリビリ破いては捨てている。資源ごみにしてそのまま捨てるのは気がひけるからね。 

 パソコン上のメールだと、削除してしまえばそれっきりだが、現実の紙類の処分、年々億劫になってきて、気がつくとすぐに溜まっていく。それでも昔に比べたら、ポストに届く私信は激減した。 

 紙類といえば、真新しい原稿用紙、レポート用紙が各10冊ずつほどまとめて出てきた。原稿用紙に手書きで書くこともなくなったことを改めて思い知る。パソコンの前はワープロだったしね。 

 あと捨てられないのは、自分の手帳、夢日記、日記メモ風走り書き。字の勢いやそのときの雰囲気まで思い起こされて、結局また「思い出箱」に収めることになる。未練がましいなあ。家人は呆れている。