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2024/07/30

政治家と成育歴

  嘘をついていても、なんとも思わない。トランプ前大統領、安倍晋三元首相、ヴァンス副大統領候補の言動を見ていると、嘘に嘘を重ねても、罪の意識がないどころか、嘘をついているという認識すらないように見える。

 国会答弁で百回以上の嘘をついたと公文書にも残ってしまった安倍元首相だが、トランプ、ヴァンス、そして、政治家ではないが、ついでにイーロン・マスクという存在も思い起こすと、彼らに共通な成育歴の背景が透けてみえるような気がする。

 ひと言で言うなら、まっとうな愛情を受けずに育ったということ。両親またはそれに類する親族から愛情をたっぷり受けた子供時代を過ごしてこなかったという事実だ。

 トランプが父親からメンタルな虐待を受けて育ったというのは有名な話だ。父親に反発した兄の様子を見ながら、自分はそうならないように、ずる賢く立ち回り、嘘も平気でつける人間として成長していったのだ。

 不幸な子供時代を過ごしたことは本人の責任ではない。十分に同情に値する。しかも、この悲劇、自分の努力で変えていかれるものではない。

 生まれてから親の愛情を当然のように受けてきた一般大衆からすると、彼らゆがんだ人間性の持ち主は政治家やビジネスのトップに立ってはいけないのだ。

 成育歴を元に人を差別するつもりはない。しかし、常識と倫理に則った世間のものさしからすると、彼らにはリーダーの立場から撤退していただきたい、それだけは言いたい。


2024/07/26

ヒロシマを利用するな。

  被曝しても、約80年間生きながらえてきた青桐が、G7広島サミット記念館の白っぽい壁の反射のせいで弱っているというニュースを見た。

 岸田首相による昨年のG7広島サミット。核の抑止力を黙認したという指摘もあって、サミット自体が批判されている。批判されて当然だと思う。唯一の被爆国として、核を拒否する毅然とした態度など、微塵も感じられず、広島選出の岸田首相、広島市長のうすっぺらな「ヒロシマ利用」には腹が立つばかりだ。

 なんの成果もなかったサミットの記念館を作ったこと自体不可解な上に、青桐の存在を見過ごした、岸田首相およびその周辺の官僚に対して、物事の本質を見極める力の欠如を感じざるを得ない。

 裏金事件になんの責任も果たさなかったくせに、サミットの成果を誇ることだけは忘れない岸田首相に対して、今更言うべき言葉もない。

 岸田という政治的展望のおよそ感じられない政治家を長年容認してきた広島選挙区の人々に対しても「民度が低い」という言葉以外に思いつくことがない。

 この猛暑の中、私は怒ってます!



2024/07/25

オリンピックなんか、やらなくてもいいのに。

  ヨーロッパの真ん中や中東で戦争が続いているのに、自称「平和の祭典」、オリンピックをわざわざやる意味があるのだろうか。

 毎日新聞7月19日朝刊、田原和宏記者の記事(記者の目)によれば、五輪開催を「イナゴの大群」ようだとパリ在住の翻訳家佐々木夏子さんの言葉を引用している。開催都市を食いつぶす様をイナゴに例えているわけだ。佐々木さんは、フランスの反五輪団体、 Saccage 2024のメンバーだという。Saccageとは、「破壊」という意味だそうだ。

 性急な都市の再開発、開催を巡る利権、開催によって家を奪われた人々……。どれをとっても「人類の平和」を謳うオリンピックとは結びつかない、人災のようなものに思える。

 五輪が近づけば、メディアは五輪一色になる。ガザ虐殺をやめないイスラエルも、どの面さげて参加するのだろうか。地球沸騰化の中、地球規模で考えていかなければならないことが山積しているというのに、人類は愚かなまま、既得権優先の上に胡坐をかいている。


2024/07/20

京都アニメーションの事件の裏に隠されたもの


  5年経つそうだが、気になることがある。あれほどの犠牲者が出たあの会社の建物、消防法にきちんとのっといていたものだったのだろうかということ。当初、建物の防災システムに問題はなかったのだろうか、火の回りが恐ろしく速かった原因に、建物そのものの設計が関与していたのではないかという意見が出ていたように記憶している。社長自身も反省すべき点があったと言っていたような気もするのだが。

 労働環境に問題はなかったのか、アニメーションの世界に特有な「なんでもきれいごとにしてしまう」イメージ優先の傾向……。とても気になる。

2023/09/01

汚染水


  放射能に汚染された液体を「汚染水」と言って、何が悪いのだろうか。「汚染水」を「処理水」と言い換えて良しとする安直な思考には腹が立つ。 

 アルプスで「処理」されたといっても、あのドラム缶の66%はトリチウム以外の核物質が取り払われていないままだというのに。「アルプスのフィルターにもう一度かけて、トリチウムだけにできます」と、東京電力の人は言っていたが、信用できない。

 900トン近いデブリに直接触れた地下水に、一体、どのような核物質が生じているのか、誰にもわからない。デブリを取り出すのを40年後としているが、その可能性を信じている者もいないだろう。

 海に放出するという非常に安易な方法しか思い浮かばなかった現政権のポンコツぶりは今更いうまでもないが、どんなにお金がかかったとしても、もっとマシな方法を選択できなかったものだろうか。

 海に放出すれば、海の生物たちに、放射性物質は沈殿していくだけだ。環境汚染以外のなにものでもない。百年後の未来を考えるのなら、今からでも遅くない。海への放出をやめて、もっと科学的根拠に則った、汚染水処理の方法を考え直すべきだ。

 

2023/05/05

「目配せ」と「目配り」

  最近、TVやラジオのコメンテーターが「目配り」というところを「目配せ」と言うことが多い。「目配り」は「あちらこちらに目を向けて注意すること」(三省堂新明解国語辞典)であり、「目配せ」は、「眼だけを動かして、気持ちを表したり、何かを知らせたりすること」(同辞典)である。1字ちがいで全く意味が異なる。

 政治上の問題など「目配り」すべきことを、「目配せ」と言って、平気な顔をしている。だからなのか、「目配り」されるべきことはおろそかにされたまま、「目配せ」だけして、何事も進まないのだろうか。

 最初に「目配り」を「目配せ」と言った人は、何もしたくないから、眼だけ動かして終わりにしたかったのだろうか。不可解な現象だ。言葉を発することを商売にしているなら、もう少し発する言葉に「目配り」をしてほしいものだ。