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2011/04/27

怖いもの知らず

 福島第一原発には稼動していないものも含めて、なんと六基もの原発があったんだね。東京電力の管轄でそのほとんどは首都圏の電力をまかなうために発電されていたなんて、今回の事故でよくわかった。  

 朝夕のラッシュはともかく、昼間の八割運行はちょうどいいんじゃないかと思う。 

 これからの冷房も設定温度を上げてほしい。今までが「冷え過ぎ」だったものね。 
 
 首都圏と関係ない地元の福島にしたって、40年前に建てるとき、その建設地に、よくも「津波銀座」で名高い三陸の南側太平洋沿いを選んだよね。当時の専門家や、東京電力お抱えの学者の顔が見たいものだ。  

 「原発推進派」である福島県知事の態度だって、納得できない。被害を蒙ってやけにえらそうじゃないか。原発が一基造られるたびにもたらされた交付金は計り知れない。地元の人々がその恩恵にどれほど浴していたのか知らないが、少なくとも古びた原発をとことん稼動させることには反対しなかったのだろう。今となっては怖いもの知らずと言われても済まされることではない。政治家、特に原発を推進してきた自民党代議士の責任を曖昧にしてはならない。

2011/04/08

反省しない人々

 東日本大震災が起こってからこのかた、管直人がマスコミによるいじめの槍玉に上がっている。  

 原発を造り続け、その安全性をわめいてきたのは自民党政権でしょうに。半世紀以上続いた自民党独裁の副作用はおいそれとはなくならない。どの面下げて現民主党政権を非難するんだろう。自民党の鉄面皮、いい子ぶりっ子の公明党、その他雑魚の現野党。 
 
 未曾有の事故を起こした原発は40年前、自民党政権の時に造られたし、全国で数十基ある原発も、ぜ~んぶ自民党政権のときの迷惑な置き土産だ。

  最近TBSがおかしい。毎日新聞もおかしい。ほかのメディアもおかしい。TBSや毎日新聞には聖教新聞の広告が氾濫している。広告費を出してもらえば、何でも言いなりになるというのか。国民も目先の事に惑わされることなく、現政権をもう少し長い目で見守るべきではないのかな。選んだのは自分たちなのだから、性急にその行方をどうこう言うべきではないと思う。  

 地震後の再建に時間がかかるように、自民党政権のしでかした諸々の事どもをすっきり解決するにはあと半世紀はかかるだろう。

2011/03/22

核大国の傲慢

 かつて原爆を2つも落としたUSA、何万キロも離れた旧植民地の海で核実験を何度も実施したフランス。両国は核に対する認識が深いというか、核の恐ろしさを身に染みてわかっているっていうか、今回の原発事故に際して、フランスは国外退避をいち早くおこなったし、USAは原発から80キロ以上離れるようにという勧告出したよね、自国民に対して。 

 原爆を2つも落とされた日本はもう少し利口かと思ったら、原発の数40数基の原発大国になってしまった。核、放射能の恐怖をどこの国よりもわかっているはずなのに、このテイタラク。  

 原発建設にまつわる反対運動と、原発反対派が次々に行方不明になっていき、真実が闇から闇に葬られていくという映画「原発戦争」の印象が鮮明なので、どんなに安全性が強調されても、私は信じられずに今日まで来た。  

 マイクロシーベルトとミリシーベルトの単位についてもよくわからないが、前者は後者の千分の一らしいことは今回わかった。  

 東京ーニューヨークを飛行機で往復しても、CTスキャンや、X線によっても被曝する。宇宙線からも放射線は降り注いでいるそうだ。 

 気になるのは太平洋に流出した海の汚染。原発放水のときにそのまま流れたものらしい。原子力保安委員会というのも、よくわからない。福島に行って陣頭指揮をするでもなく、ただ原発の安全性をアナウンスするための委員会らしい。 

 危機管理の杜撰さとフランスの逃げ足の早いこと、USAの傲慢さ、中国の日和見主義などが今回の事故でよくわかった。 

 中国も核持ってるんだったよね。原発に関するデータを快く提供してくれることなんか期待できないなあ。

2011/03/12

ああ、怖かった!

 東京の震度がどのくらいだったか知らないけれど、昨日の地震、ひどかったね。初めの1分と言うそうだけど、揺れている時間がやけに長く感じられた。食器棚からグラス一つが落ちてきた。本棚からは文庫本などが落ちてきた。これを契機に紐でしばってブック・オフに持っていこうかと思ったけど、気分的に疲れて、今も呆然とTVを見るだけ。  

 福島の原発から放射能が漏れてきたらしいが、安全を声高に言っていた電力会社、どうしてくれるのか。このことだけでも気分が暗くなる。

  津波の恐怖も他人事ではない。今も余震が起きている。怖い。

2011/01/07

アジュモニからの電話

 年が明けて2日、ソウルのアジュモニから電話をもらった。彼女は日本語で、私は韓国語で年頭の挨拶をした。子供時代に日本語を習わされていた世代だから、私と話すときは日本語を使ってみたいらしい。普段使っていない日本語を流暢に話す。 

 韓国は旧正月を祝うしきたりなので、年末年始の長い休みなどなく、元日が過ぎればいつもの日常が始まる。今年は珍しく土日が休みと重なった。  

 アジュモニは月曜日から土曜日まで毎日地下鉄に乗って、ソウル中心部の仕事場に通っている。韓定食の店だと聞いたが、具体的に何をしているのかわからない。今年77歳を迎えるが電話から聞こえてくる声は元気がよく、14年前に私がソウルに暮らしていた頃と変わりがない。

 「いつソウルに来るの? 話したいことが山ほどあるよ」  

 このところのソウルは零下12,3度が続いている。暖かくなったら会いに行きたい。

2010/11/26

You Tube

 最近You Tubeを使って、音楽の検索をすることがよくある。検索欄にNat King Coleと入れれば、往年のSmileも聴けるし、J-Popも懐メロ(80年代のものはこう言われる)も思うままに楽しめる。  

 CarpentersのA Song For YouやRainy days and Mondaysなどカレンの声に会いたければ、昔の動画やスチール写真付の画像が出てくる。彼女のスレンダーな身体から滲み出る低音を聴くと、やっぱりこの人はうまかったなあと今更ながらに思うのだ。

 惜しい人を亡くしたものだ。生きていたとしたら今年60歳だって。残された兄のことを思うと生き続けていくことの大変さを思う。

2010/10/09

アジュモニとのその後

 私が出した手紙がアジュモニの所に着かなかった理由がわかった。アジュモニが書いてきた住所が間違っていたのだ。最初来た手紙に31番地とあったのに、2通目には38番地に変わっていた。郵便番号も記されていなかった。そういえばアジュモニにはそそっかしい所があったっけ。 

 インターネットで郵便番号を調べ、私は2通目を出した。

 1週間後、アジュモニから電話が返ってきた。「住所が違ってたんだね。すまないね。私は恥ずかしいよ」と言って、笑った。ご主人は2008年の7月に亡くなったそうだ。私が13年前に近所に暮らしていた折に、ご主人に対する愚痴をよく聞かされた。精神的に傷つけられることが多かったようだ。それでも長年連れ添った配偶者を亡くしたのだからその心情は計り知れない。 

 「ソウルに来たら、うちに泊まって話をしよう。美味しいものを作ってあげるから」とアジュモニが言う。指折り数えれば、アジュモニも今年77歳になる。早い機会に会いに行きたい。