先日、NHKラジオ深夜便で早朝聴いたニュース。広島の平和公園で保管されていた被爆者の遺骨が、DNA鑑定により個人を特定できたという。
遺族の男性が「これ以上の喜びはない」と言って、感慨たっぷりな表情で、インタビューに答えていた(これは後程、同じニュースをNHKテレビで見たときのもの)。
戦後80年以上経って、名前のない遺骨に自分の血族が確かに特定されたということだ。この遺骨は、まだ若い女性だったそうだ。女学生のとき被爆し、即死したまま、どこの誰かもわからないまま、今日まで来た。それが、DNA鑑定のおかげで、確かにあのとき、あそこで女学生だった誰それだったということが判明した。
その遺骨にやっと名前が付いた。原爆が投下されるまでは、その女学生は確かに広島で生きていた。平和公園に安置されている名前のない遺骨はまだまだたくさんある。
今後、DNA鑑定が積極的に行われて、遺族が生存している間に特定されることをひたすら願う。
これは、広島・長崎の被爆者(日本人のみならず、外国人、旧植民地の人々も含む)だけの話ではないはずだ。山口の長生炭鉱の海底に沈んだままにされた、韓国・朝鮮の人々、若干の日本人労働者、これも早く海底から引き揚げられて、早くDNA鑑定が行われることが急がれる。韓国からも自分の血族が戦前、日本の山口県の長生炭鉱で働かされていたことを聞いている遺族が多く来日して、この炭鉱の今に注目している。一日でも早く判明し、彼らが確かに日本に来て過酷な労働に駆り出され、無残にも亡くなってしまった事実が再確認され、個々人の名前の特定が早急になされることを願う。
沖縄でも、阪神大震災でも、多くの無辜の命が奪われ、名前のないまま亡くなってしまった。名前が特定されると、遺族は彼らの名前が刻まれた石に会いに行って、その名前をなぞる遺族の姿がある(TBSの報道特集でも報じていたように、沖縄でも、阪神でも、礎が出来た)。
生きた証が名前にある。名前が特定されずに亡くなってしまった人々にも彼らの人生があった。その人生が、原爆であれ、大震災であれ、奪われた命に名前がつくこと、これがいかに大切なことなのかということを思い知った。
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