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2025/04/04

青木理さんと語る〜フジ第三者委員会の報告書


 マスメディアとタブーについて、わかりやすく説明してくれた。
 タブーとは、「その事に言及するとよくないということが、その社会や席で暗黙のうちに認められている事柄」(三省堂「新明解国語辞典」より)。
 長年にわたって、マスメディアがタブー視してきた大手芸能事務所の話だけに終わらず、天皇制のことにも触れていた。

2025/03/17

除染土という欺瞞

  福島第一原発のメルトダウンによる水素爆発で放射能汚染された福島の土壌。「除染」というが、汚染された地表を上から何センチだったか、単に「剥がした」に過ぎない土壌を「除染土」と政府は言っている。放射能に汚染された土壌は、黒いフレコンバックに詰められ、福島に積み上げられている。黒いフレコンバックの土壌は、「汚染土」でしょ。「除染」などされていないのだから。

 「除染」という言葉を使うことで、「放射能汚染」を「なかったことにしたい」という政府、および東京電力の思惑は、これ、もう詐欺行為と言ってもいいのではないだろうか。

 太平洋に捨てている「処理水」。これだって、「処理」は部分的に過ぎなく、トリチウム以外でも多くの核物質がなんの処理もされないまま、海に流されている。「汚染水」でしょ。

 東京オリンピックの誘致のために「アンダー・コントロール」などと愚かな発言をした愚か極まりない総理大臣がいたが、この発言になんの責任も果たすことなく、亡くなってしまった。

 2045年になったら、福島の中間処理施設に積みあがっているフレコンバックを福島県外に運び出すという、政府の約束に、一体どういう意味があるのだろうか。他都道府県から拒否されて、浪江町の町長は、もう自分たちの土地で使うしかないという考えを明言した。

 東京電力は、自社所有地にまずは全部引き取るべきではないか。国策として「安心・安全」を謳ってきた政府は、その場凌ぎの対策はやめて、原子力による放射能汚染に対処すべきではないか。

 対処の方策がないのは、もはや誰が見ても明らかだけどね。

2025/03/10

世も末、自民党!

  自民党は何も反省などしていない。参議院選挙の自民党比例代表候補のひとりに、なんと、あのヘイトスピーカー杉田水脈を公認した。萩生田2728に次いで高額の裏金をネコババしたにもかかわらず、なんのおとがめもなし。在日コリアン、アイヌに対する差別発言も野放しのままだ。

 安倍政権時代、安倍の子飼いとして中国地方の比例代表で衆議院議員になった杉田だったが、政治的信念などあるはずもなく、ただの嫌がらせレイシストに過ぎない人物だ。

 石破さん、党内野党時代には、安倍政権を批判的に見ていたはずなのに、首相になったとたん、過去の発言を封印して、いなおっている。地元鳥取と何らかの関係があるのだろうか。

 昨日の自民党大会で、国民の信頼を取り戻すと叫んでいたようだが、杉田公認、これ一つとっても、お粗末極まりない自民党総裁に成り下がった。

 比例代表に「自民党」と書けば(書く人いるんだろうな)、間違いなくヘイトスピーカーが参議院議員となる。ああ、恐ろしい、ああ、情けない、自民党! 世も末だ。

2025/02/08

スマホに支配される日常

  散歩していて驚くのは、すれ違う人々のほとんどが歩きスマホの状態にあるということである。電車の中でスマホに没頭する人々というのは、もはや日常よく目にする光景だが、ふだん歩くときでさえスマホに依存したまま、というのはかなり深刻な情景だ。

 彼らはアルゴリズムに支配されているようなものだ。オンラインショッピングでも、気に入った動画でも、自分好みの情報だけが次々に入ってくる。DEI、すなわち、多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包摂性(Inclusion)とはおよそ相いれない、非常に狭い世界の出現だ。自分好みの居心地のいい世界は、世界の現状況、多様な他人の意見を排除する危険性も孕んでいる。

 自分および自分を含む狭い世界を否定されると、人は寛容さを失いがちだ。誹謗中傷の根っ子にはエゴイズムがある。自分たちのことしか頭にないイスラエル、DEIを排除しつつあるトランプ政権が醜悪以外のなにものでもないことは、論を待たないだろう。

 スマホ歩きをする人々を見ていると、スマホに支配されていること自体にも気が付かないまま、独善的に生きている新人類の登場を実感する。暗たんたる気分になるのは私だけだろうか。

 

2024/12/20

原発再稼働に走る自民党政権

  福島第一原発の後始末も碌に出来ないまま、政府は原発の再稼働を進めていく方針だ。40年以上経った、経年劣化も問題視しない前世紀の遺物を使おうとしたり、新規に小型のものを作ろうとしたり……と、およそ何の反省もない恐怖の方針を見るにつけ、13年前の3.11大事故は何だったのかと愕然とするのだ。

 お粗末なロボットで取り出した耳垢のようなデブリの全容(900トン近いとされる)は、未だに明らかになっていない。完全に取り出すまでに、この先70年、いや170年はかかるという専門家もいる。

 毎月の電気料金に「廃炉円滑化負担金」という負担金を私たちはいつまで払わされなければならないのか。廃炉にしていく具体的な計画なぞ、私は見たことがない。原発を維持し、廃炉にしていく経費がいかに膨大なものか、福島の大事故で嫌というほど思い知ったにもかかわらず、東京電力は政府と一丸をなって、少しずつ休止中の原発を再稼働し、新たに作ろうとしている。

 風力、太陽光のほかに、昔は「地熱」利用の再生可能エネルギーの話もあったが、思うように進んでいない。プレートだらけの日本列島に、平気で54基もの原発を作っていった連中は、日本の未来を考慮するほんの少しの思考力さえ持っていなかったということだ。

 今、全国のあちこちでLEDの光の祭典が行われているのを見るにつけ、一時叫ばれていた「省エネ」の機運はどこに行ってしまったのかと思う。

 今しか見ていない大多数の政治家は、百年後の日本に対する責任などどこ吹く風といった態度で、たった13年前の事故さえなかったことにしようとしているようにしか見えない。