このブログを検索

読込中...

2012/05/27

放射能と復興

   福島第一原発の事故で一体どれくらいの放射能が流出したのか、想像を絶する。専門家によっても言い方がちがっていて、すぐには影響は出ないなどと能天気なことを言う人もいる。

 チェルノブイリの事故の後遺症はいまだに続いているそうだし、福島の第1号機から第4号機の放射能放出の実態は1年以上経っても、誰も明確に説明できない。少なくとも「京」の単位の放射能が海に直接垂れ流されたのは事実だし、海洋汚染の悪循環は日々続いているのだ。

 魚介類を食べる気がしないし、どこまで飛んできたのかわからない放射能に対する得体の知れない恐怖感に私たちは毎日晒されている。

 5年先には日本のどこにも暮らせないという専門家もいる。放射能は拡散して濃縮されて、知らない間に内部被曝が進むそうだ。

 復興、復興と明るい顔で未来を信じている人を見ていると、なんだか「ついていけない」という気がする。事実を隠し続ける東京電力と、その下で命の危険を賭けて後始末に追われている原発の下請け作業員の人々の存在がある限り、不信感と絶望感にさいなまされる。

2012/04/26

大飯(おおい)原発

  そもそもこの原発はいつ出来たものなのか、検索してもすぐにはわからなかった。ある記事で「地元と共存30年」とあるのを見つけた。すでに30年も経っているのだ。 
  40年で廃炉にするというのなら、再開など論外。そろそろ廃炉に向けて準備した方がいいのに。電力会社は、夏の暑さや、工場の使用電気不足をいうが、一般工場のために割安の深夜電気料金を昼間にも適用するべきだ。  
  家庭用のエアコンだって、電車のエアコンだって、もっと温度設定を高くしてしのげばいいではないか。 
  35℃を超す夏だもの、28℃くらいに設定してもかなり涼しく感じるはずだ。カーエアコンも例外ではない。 
  室外機や車から排出される熱風のことを考えると、いっそのこと全部止めてしまえば、案外涼しかったりするのでは?

2011/12/26

なぜパンダなのか?

原発事故のデータの開示もままならず、いつ果てるともわからない除染処理の行方、瓦礫の処理。そういった事どもを曖昧にしたまま、何がパンダだ?飼育料の余裕があるなら、ほかに使いようもあるものを。
 あれだけ中止すると言っていた八ん場ダム。なぜここへきて膨大な予算に組み込まれるのか。
 福島の原発は40年以上かかって廃炉となると言っているが、その間の健康被害について誰もわかりやすく説明してくれない。夕刊に岩手のツバメの巣をチェックして放射能の被害を検証するとあった。チェルノブイリでも個体数が減ったとか。

 原発事故はどこまでいっても人災だ。人災を想定外にした政府の責任を追及していくのは私たちだ。パンダ騒ぎに怒りがこみ上げてくるのは私だけだろうか。

2011/11/30

なぜ年号ばかりを使うのか。

NHKはなんだか変だ。「平成」という年号ばかり使って、西暦を使わない。過去の原発事故を振り返るときも昭和と平成が入り乱れて非常にわかりにくい。意図的なものを感じる。

 皇室報道も増えた。民放でも同じように増えた。なんかいやな感じがする。偽善的なことが何の抵抗もなくすんなり受け入れられているような気がしてならない。胸がざわざわする

2011/10/13

やっぱりね。

 東日本大震災と今は呼んでいるが、三月当初は確か「関東・太平洋沖大震災」と言っていた。
 このところ、東京世田谷区、横浜港北区、千葉の船橋市、そして大田区でも高い放射能が検知されたという報道が続けてあった。こんなとき、テレビは遅い。東京電力がスポンサーになっている番組が多いからかも。

 震災の呼び方から「関東」を除いたのは、意図的だと思っていた。「東日本」と言えば、範囲が曖昧で東京の存在が薄くなる。

 でも放射能は飛んでくるんだなあ。台風だってこの間いくつ過ぎていったことやら。爆風にのり、雨水に混ざって、セシウムもストロンチウムも確実に積もっているのだ。
 正確に確実に今の日本列島の状態を見極めるには時間がかかる。何十年も何百年もかかるのか。生きている間に放射能の恐怖に晒されるとは思いもしなかった。
 大切なことは目には見えないが、目に見えないことは恐ろしい。

2011/09/12

放射能の恐怖

 放射能に関して、専門家や学者がいるにしても、未曾有の原発事故に対して、具体的にどう対処すればいいのかわかっている人は少ない。ヒロシマやチェルノブイリの事故の教訓がほとんど生かされていないのだ。

 人間が把握できないものを造って、何の保障もないまま、原発を稼動させてしまった責任は重い。辞任した大臣が「死の町」と、つい本音を言ってしまったのもわかるような気がする。本当に恐ろしいことはデータを隠して、何もなかったことにしようとすることだ。人間、お見舞いの言葉だけで解決すれば、こんな簡単なことはない。

 暑さのぶり返しで、身体もまいる。

2011/07/24

あと1年。

 久しぶりに日盛りの中、電車を待っていた。男の子が「ねえ、お母さん、来年、僕が小学生になったら、渋谷駅が地下に入っちゃうんだよね」と言った。この子の来年はなかなかやって来ないんだろうな。1年は長いんだろうなあ。